- 資料名
- 木田華堂「冨貴祝寿之図」(ふうきしゅくじゅのず )
- 分類
- 【美術・工芸】 日本画(東洋画を含む) 掛物・まくり (管理番号14851)
- 法量
- 縦149.5cm 横71.3cm 表232.0cm 横87.5cm 軸94.0cm
- 作成
- 喜田華堂
- 解説
- 本図の画面全体に牡丹を描いたダイナミックな構図は岸派の特色である。富貴草は牡丹の異称。喜田華堂(1802〜79)は美濃不破郡今須(関ケ原町)の生まれ。名は景静、字は伯寿。若くして京に出て、画を岸駒・岸良に学ぶ。その後東国に遊歴して文人墨客と交わり、嘉永のはじめ名古屋に来て広井水車町に住み画を業とする。清廉風雅な生活を愛し、画は気韻があって高雅、特に桜花に巧みで名声高く藩の御用絵師となった。
- 子ども用かいせつ
- タイトルの富貴(ふうき)は牡丹(ぼたん)のこと。この絵の画面全体に牡丹を描いたダイナミックな構図は岸派(きしは)の特色。絵を描いた喜田華堂(きだかどう・1802〜79)は美濃不破郡今須(関ケ原町)の生まれ。京に出て絵を岸駒(がんく)・岸良(がんりょう)に学び、その後、嘉永(かえい)のはじめ名古屋に来て広井水車町に住み本格的な絵描きとなる。絵がうまいと評判で藩の御用絵師(ごようえし)となった。
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